深夜の管理人室。
「楓子ちゃん。このままでいいと思ってるの?」
「そうだよ?本当にいいとは思ってないでしょ?」
「………」
お揃いのパジャマ姿の公二と光。そしてジャージ姿の楓子。恵はすでに布団でおねんね。公二が何度も楓子を内線電話で呼び、渋々やってきたのがついさっき。電話には全部でたから、たぶんどこにも出かけずに部屋に籠もっていたのだろう。
やってきた楓子の心を開こうと2人で説得を始める。
「………」
しかし楓子はうつむいたまま何も言わない。
太陽の恵み、光の恵
第33部 夏合宿ウィーク 後編 その2
第221話〜心情閉鎖〜
Written by B
「………」
「………」
公二と光は顔を見合わせる。
(ちょっと!どうするのよ?)
光は公二をきりっとにらむ。
(そんなこと言ってもしょうがないだろ?)
公二は困ったような顔を見せる。
(このままだとらちが空かないわよ!どうするの?)
光は首をちょっとだけかしげる。
(もしかしたら俺がいると言えないことでもあるのかな?)
公二は自分の顔を指差す。
(穂刈くんのこと?確かにあなたがいるっていうのはあるかも。だってキスもしてるから……)
光はじっと公二をにらむ。
(ばかっ!あのことはもう忘れろ!とにかく、俺はちょっと席を外すわ)
公二は焦りながらも、すっと立ち上がった。
「楓子ちゃん。ちょっと外の様子を見なきゃだから」
そういって公二は管理人室から出て行った。
部屋には楓子と光の2人きり。光が説得に入る。
「ねぇ、楓子ちゃん。何があったの?何が不安なの?私じゃどうにもならないの?」
「………」
「できるだけのことや私やるよ、ねぇ?」
「……だって……」
「えっ?」
「だって、どうしたらいいの?」
「どうしたらって?」
楓子が突然顔を上げた。少し泣き顔になった楓子は一気にまくし立てた。
「純くんとどうしたらいいの?今からつきあうなんて無理だよ。私じゃ、光ちゃんみたいなつきあいはできない!せっかく純くんと仲良くなったのに……せっかく光ちゃんと仲良くなったのに……せっかく野球部にとけ込めたのに……転校したら一からやりなおし!もうやだよ……」
そしてまた楓子はうつむいてしまった。
「長距離恋愛なんて大丈夫だって。そんなに難しくないから」
「私じゃ無理!たぶん、私じゃ耐えられない!最初はいいかもしれないけど、絶対に会いたくなる!そうなったら、私もう……」
「そんなこと、やってみないと……」
「公ちゃんのときもそうだった!会いたくてしょうがないけど、会えなくて、もうおかしくなりそうだった!だから、またあんな辛いことになると思うと……」
「………」
「そりゃ、光ちゃんみたいに、遠距離の前から熱々だったらいいよ?私はそんな状態じゃないの!まだ『好き』とも言ってないのに、そんなの……」
「………」
(そう言われちゃったら、私何も言えない……)
楓子の悲痛な思い。
光もその気持ちはわかるが、恋愛経験が公二だけの光にはうまい言葉が思いつかない。
(しょうがない。他の不安をなんとかしてから、また説得するか……)
光は話題を変えることにする。
「じゃあ、さっきの野球部うんたらかんたらは?」
「………」
「だって、楓子ちゃん。今のチームになじんでるように見えるよ?向こうでも大丈夫じゃないの?」
「ダメなんだって!」
「どうして?」
光の言葉は本心。楓子はチームのマネージャーとして活躍しているのを何度も見かけてる。なじまないというようには見えなかった。だから、さっきの「せっかくとけ込めた」という言葉の真意がよくわかってない。そして、今の楓子の否定の言葉の真意も本当にわかってない。
楓子が答える。
「だって、あんなノックしちゃうんだよ?みんな半殺しにしちゃうんだよ?そんなマネージャー普通いらないよ!だけど、ここのみんなはそんな私を受け入れてくれた。でも次はこうなるとは限らない……」
「そんなに、あのノック嫌われてたの?」
「そうだよ!前の学校はあれが原因でマネージャー辞めさせられたんだから!」
「ごめん、知らなかった……」
「ううん、私も言ってないことだから別にいいの」
「でも……それだったらノックしなきゃいいんじゃないの?」
「それができたらとっくにやってるわよ!」
「うっ……」
楓子が声を荒げ、光をにらみつけた。あまりのにらみつけに光は言葉を返せない。
「光ちゃんにはわからないかもしれないけど……好きであんなノックしてるわけじゃない!体が疼いてどうしようもなくなっちゃうの!どんなに辞めたくても、絶対に辞められない!誰も止めてくれない!何度部室で泣いたかわからないでしょ!」
「そ、そんなこと言われても……」
「お願いだから私を止めてよ!ノックに縛られないようにしてよ!」
「ちょ、ちょっと……」
楓子は光をにらみつけ、座ったまま光に向かってじりっ、じりっと近づいてくる。あまりの楓子の気迫に光はまったく動けない。
(た、たすけて、あなた……)
ガラガラッ!
「楓子ちゃん。落ち着けよ」
「あなた……」
「公ちゃん……」
そのとき、タイミング良く公二が部屋に入ってきた。光も楓子も公二が入ってきてそっちに意識が向かっていった。そのため、2人とも気持ちが少しだけ落ち着いたようだ。
「気持ちはわかるけど、光に言ったってしょうがないだろ?」
「そ、そうだけど……」
「それに光には何も言ってないんだから」
「そうなの?てっきり教えてると……」
「言いふらして欲しくないことだろ?いくら光でもそれは言えないよ」
「そっか……ごめんね、光ちゃん」
「ううん。私も無神経だったから……」
光も楓子も気まずそうにあやまる。どうやら公二が来たためにすこし落ち着いて我を取り戻したようだ。
そして光は公二と楓子の顔を両方見た後で首をかしげる。
「ところで、さっきから2人で言い合ってるみたいだけど、その『ノックがとまらない事情』ってなんなの?なんか、ちょっとやそっとじゃ解決しない問題みたいだけど……」
公二も楓子も少し顔が引きつっている。2人はお互いの顔を見ている、2人とも困った顔をしている。どうしようか迷っているのだろうか?
「私にでもいいたくないことなの?それだったら言わなくてもいいけど……」
あまりに2人が困っているので光が質問を引き上げようとしはじめた。それを聞いてまた2人がお互いの顔をみる。
「なぁ、言ってもいいか?解決になるかわからないけど……」
「いいよ。光ちゃんならわかってくれると思うから……」
「えっ?えっ?いいの?別にそこまで無理に……」
「光、いいから、聞いてあげなよ」
光が戸惑った顔を見せている。顔をキョロキョロして、どうしたらいいのかわからないそぶりを見せる。逆に楓子や公二は落ち着きを取り戻している。
「えっとねぇ……私が小学校の小さい頃にまでさかのぼっちゃうんだけど……」
「そんなに?」
「うん、転校続きだったから、いつかっていうのはもう忘れちゃったけど、場所だけは覚えてる……たしか兵庫なんだけど」
「兵庫?私も神戸にいたよ?」
「たぶん、場所は違うと思う。だって私は甲子園が近くにあったから」
「じゃあ、西宮だね」
「そうそう西宮。そこで野球に出会ったの」
「へぇ、甲子園にでも行ったの?」
「違うの、近所に野球好きのお兄さんがいたの。たしか高校生だったような」
「そのお兄さんが好きになったの?」
「ううん、そのお兄さんには彼女がいたの。幼なじみだったような……その彼女と近くのグラウンドで練習していて、近所でも評判だったの」
「へぇ…」
「そして、今日みたいな暑い日だったかなぁ……グラウンドで……」
To be continued
後書き 兼 言い訳
後編です。
まあスローな始まりってとこですかね。
次から段々と話が深くなる予定です。