「そのカップルが何かあったってことだね」
「そうなの、そのカップルの男の人は野球部だったんだと思う。丸坊主だったからたぶんそう。彼が部活が終わると近くのグラウンド、グラウンドって言っても広い草むらみたいなものだけどね」
「ノックでもしてたの?」
「そうなの!話だと中学から彼女がノッカーで彼の守備の練習してたみたいなの。何度か見たことあるんだけど、彼女のノックがうまくて右左、近く遠く、ゴロフライの打ち分けがすごくうまかったの」
「へぇ〜……でもその2人に何かあったの?」
「実は……」
「実は?」
「日射病で2人とも死んじゃったの」
太陽の恵み、光の恵
第33部 夏合宿ウィーク 後編 その3
第222話〜守備怨念〜
Written by B
楓子の言葉で管理人室は沈黙が走る。3人も入るにもかかわらず、静かなはずの恵の寝息がはっきりと聞こえるぐらいに沈黙してしまう。すこし顔が引きつりながら光が話を続ける。
「に、日射病?ふ、ふつうそうなる前にやめるはず……」
「そうだよね?そう思うよね?でも、そのときはなぜか絶対にやめようとしなかったみたい」
「どうして?」
「う〜ん……周りから聞こえてきた話だけだから、本当かはわからないんだけど……秋の大会へのレギュラーへ向けて猛特訓してたらしいの。究極の守備を身につければレギュラー確実だって」
「究極の守備?」
「人間の限界を超えた守備範囲とかなんとか……あと、その前の夏の予選でエラーしたって話もあるみたい」
「それだけ練習やってたのにエラー?」
「よくあるじゃない、そういう名手に限ってエラーするってこと。たぶん、責任感じてそれで究極の守備を……」
「でも、その究極の守備を身につけるために、ついには死んじゃった特訓って?」
「今、私がやってるようなノック……だと思う……」
「えっ?……ああ、そうか……」
楓子の表情がさらに暗くなった。光もそれに気づきあわてて話を一旦止める。そして、少し沈黙させ、落ち着かせてから話を続ける。
「その2人のことはわかったけど、それがどうして楓子ちゃんに?」
「2人一緒のお葬式に行ったの。棺の上には2人が愛用してたミットとバットが置いてあって……それにさわっちゃって……たぶん、それが原因」
「えっ?さわっただけで?」
「たぶん、用具をさわったときにそれに残ってた怨念か怨霊が私に乗り移って……それから。私がバット持つと無性にノックしたくなって、絶対に取れないノックを打ちたくなっちゃう……」
「……それ本当?」
「本当だよ!今でも覚えてるもん!バットをさわったときに、なにかすぅ〜って体に吸い込んでいくのを感じたんだから!」
「……楓子ちゃんがそういうならそうかもしれないけど……」
「だから私のノックを受けてくれる人が現れるまでは……でもそんな人いないよ……だって、もともと取れないノックを打ち続けてるんだから……だから無理」
「………」
「ありがとう。話しただけでもなんか気分がすっきりしたから……」
そういうと楓子は、2人が何か言う前にすっと立ち上がり、管理人室からすたすたと出て行ってしまった。
再び恵の寝息が大きく聞こえる状態になった管理人室。公二も光もしゃべりにくい重い雰囲気。そこで光が口を開く。
「ねぇ、あなた……あの話本当なの?」
「えっ?」
「だって、いきなり念とか霊とか言われても信じられないよ……楓子ちゃんの目の前ではさすがにいえなかったけど……」
「どう思った?」
「うん、なんか自分で納得させるためだけの作り話って気がする」
「やっぱりそう思うか……俺も最初はそう思ったよ。理由は光と同じ」
「じゃあ、あなたはなんで信じるようになったの?」
「まず、日射病で死んだ西宮の2人っていうのは実在してる。実際に楓子ちゃんに新聞記事を見せてもらった。で、問題は楓子ちゃんの取り憑きなんだけど……決定的な理由は目だ」
「目?」
「ああ、バットを持ったときに豹変するだろ?あの瞬間、目つきが一変してるんだよ。かなり鋭い目つきになるんだ。俺、それを至近距離で見たんだよ。あの豹変ぶりは催眠術とか条件反射とか演技じゃない」
「そうなんだ……」
「あれは説得力があったな。オーラとか大殺界とか言われるよりもかなり説得力があった」
「『地獄に落ちるわよ!』って言われるよりも?」
「あれは、『それより先におまえが確実に地獄に落ちるだろ』って正論を反論して終わり。でも、あの楓子ちゃんの変化はもう信じるしかないね」
「そういうもんなんだ……」
「それに、運動神経がよくない楓子ちゃんがあれだけ上手なノックができること自体が証拠なんだけどね」
公二はそういうと、すっと立ち上がり、窓の方に歩いていく。
「お〜い、純。聞いてたか?」
「ああ、全部聞いたぞ」
「えっ?穂刈くん!そんなところにいたの!」
光は驚いた。窓から純一郎が部屋の中に入ってきたのだ。どうも公二は知ってたみたいだが、光はまったく知らなかったようでびっくりして固まっている。
「どうしてそこにいたの?」
「なにって、公二に言われたんだ。『楓子ちゃんから事情を聞くから一緒に聞け』って。でも、俺が一緒にいると何かと面倒だろ?だから、窓の外からこっそりと聞いてたってわけ」
「楓子ちゃんは純に何も言ってないから呼んだんだ」
「そういえばそうか……確かに楓子ちゃんは何も言わずにいなくなっちゃいそうな雰囲気だもんね」
「いや、公二に感謝だよ。俺、今のままだと何も知らない状態で終わりそうな感じだったから」
靴を持って部屋に入った純一郎は部屋にあったお茶をすする。それは楓子がいっさい手をつけなかった冷めたお茶なのだが、純はそんなことを考えている余裕もないようだ。
喉を潤したところで、純一郎が話の本題に入る。
「さて、本音は聞けたけど、肝心の楓子ちゃんの心を開くにはどうしたらよいのか……」
「そうなんだよな……楓子ちゃんは完全に諦めちゃってるからな……」
「もうここは穂刈くんがど〜んと男らしいところを見せれば」
「「どうやって?」」
「………」
光はとりあえず言ってみたものの、男性2人の当然な質問に答えられない。そこから3人は黙ってしまった。
「う〜ん、今日は楓子ちゃんの本音が聞けただけでもよしにしないか?もう今日は遅いし、また明日考えるってどうだ?」
「そうだよな……そうするか。じゃあ俺はこれで失礼するよ」
純一郎は公二の提案に同意し、靴を持ちながら管理人室から出て行った。
こうして、この日はそれで終わった。しかしその日の夜。純一郎はほとんど寝つけられなかった。
そして次の日の午後。
純一郎は野球部の用具置き場に楓子を呼んだ。
お昼過ぎはは日がカンカンに照っており、その猛暑の中で激しい練習するのは無駄に体力を消耗することもあり、素振りや短いダッシュの繰り返しなど、比較的抑えめな練習から始まっている。
マネージャーはその間特にすることもなく用具の確認等をしているので、練習には支障はない。
楓子はそれよりも純一郎の練習は大丈夫なのか気になってしまう。そんな楓子の心配を意識して無視するように純一郎から話しかける。
「楓子ちゃん……何か隠してることないか?」
楓子は黙って首をぶんぶんと横に振る。
「やっぱり……まあいい。じゃあ、話をすすめるか……」
純一郎は楓子に背中を向けると用具箱の中から何かを探し始める。楓子は純一郎が何をしているのかわからず、かつ何を言っていいのかわからず少しとまどっている。純一郎は自分の背中のほうにいる楓子の様子は気にせずに探しているとお目当ての物がみつかる。
純一郎はそれを引っ張り出すと楓子に向かって差し出す。
「持てよ……ボールを受けてほしいんだろ?」
純一郎が差し出したのは黒く塗られた金属バット。
楓子の目の前に黒いテープがぐるぐるに巻かれたグリップが突きつけられる。
「純くん……どうして?」
「聞くな。それより俺は楓子ちゃんを救いたい」
「………」
「いいな」
「……いいの?」
「ああ」
楓子はおそるおそる純一郎の顔を見る。純一郎は真剣な目で楓子を見つめている。
楓子の体が少しずつふるえ始める。右手が震えながらもバットのグリップに近づいていく。
「純くんにそんなこと言われたら……信じちゃうよ……頼っちゃうよ……たぶん止まらないよ……死んじゃうかもしれないよ……それでもいいの?」
「かまわん」
「………」
楓子はごくりと喉をならす。ふぅっと一呼吸入れる。そして何かを決したかのように、右手でバットのグリップを掴み、純一郎からバットを奪い取る。
その瞬間、楓子の目が一瞬にして鋭いものになり、それに反比例するかのように、顔は笑顔になる。
「さっ、さっそくノックしよ♪」
2人にとって長い長い午後が始まった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
光ちゃんの感想は読者の声でもあり、書いている私の声でもあります(ぉ
ええ、とってつけたような(作者が言うな)楓子ちゃんの秘密です。
結構前から考えていた設定なんですけどね。
楓子ちゃんの独白をもう少し広げようかと思ったけど、話の流れと関係なくなるのでやめました。
あと、それより前にもう少し前振りをたくさん振っておきたかったけど、できなかったのはちょっと反省。
さて、次は……まあそういうことです。