「先輩!何でこんなことで命賭けるんですか!そんなに簡単に命なんて捨てられるものじゃないんです!周りで見守っている人たちのことも考えてください。先輩が思い詰めているのは私もよくわかってますけど、なにもこんな無茶をしなくてもいいじゃないですか!先輩の最後の一言で私の心臓が止まりそうになったんですから!」
「まあまあ、友梨ちゃんったら落ち着いて」
「落ち着いていられますか!」
「それにここは病院だから……」
「いまさら静かにしてもしょうがないじゃないですか!」
響野伊集院病院の一室。
倒れてしまった楓子と純一郎はあの後すぐにここに運ばれた。早急な治療のおかげか、命に別状はなかったものの、それでももう少し遅かったらかなり危なかったそうだ。日射病には間違いないので、1日安静にすべしとの医者のアドバイスに従い、入院することになった。
そして、2人が病室に入った直後に後輩の友梨子が病室で怒りだしたのだ。付き添っている部員達がなだめようとするが、友梨子の怒りはとにかくおさまらない。
「だから友梨ちゃんったら、周りの病室にも迷惑が掛かるから……」
「もうこの先輩達は私たちに多大な迷惑をかけてます!」
太陽の恵み、光の恵
第33部 夏合宿ウィーク 後編 その5
第224話〜病室告白〜
Written by B
そんな大騒ぎの病室の外では公二と光が花桜梨の話を聞いていた。
「えっ?楓子ちゃんに取り憑いていたのは2体じゃなくて3体だって?」
「うん、さっき主人くんから話を聞いた後で、こういうのに詳しい友達に電話で聞いてみたんだけど……そういうことみたい」
「どういうこと?」
「女の人がいたでしょ?そもそも彼女が悪霊に取り憑かれてたの。症状は今の楓子ちゃんとまったく同じ。その悪霊が彼女とその彼を殺した。そしてその2人の霊を縛り付けて楓子ちゃんに取り憑いた。そういうことだと思う」
「どうしてそれがわかったの?」
「だって、2人が楓子ちゃん達を応援してるのが見えたから。後で聞いたら、悪霊はそんなことしないんだって。それに楓子ちゃん自身になにか黒いオーラみたいなのがみえたの」
「それが3体目ってこと?」
「そういうこと。それがすべての元凶。さっき穂刈君がボールを取ったから、悪霊が逃げていった、そして開放された2人の霊が成仏していった……私が見た感じだと、そんな感じ」
「でも、最後のボールはなんでとれたの?今まで取れなかったボールだったのに」
「う〜ん……楓子ちゃんの気持ちじゃないかしら?」
「気持ち?」
「楓子ちゃんの穂刈くんの想う気持ちが悪霊からの呪縛から少しはずれた。それでノックのボールが穂刈くんの方向にずれた……これはたぶん間違いない」
「気持ちが悪霊に勝つってことあるの?」
「ある!」
「「そうなんだ……」」
最後の花桜梨の返事は力強いものだったため、公二も光も納得したみたいだ。
ガチャ
病室の扉が開いた。中から野球部員達がぞろぞろと出てきた。人数にして6,7人ほどか、結構な人数が病室に押しかけていたらしい。
「うぅぅ〜〜!うぅぅ〜〜!」
その中で口を手ぬぐいで覆われ、両手は背中に回され、無理矢理歩かされてる女の子が一人。マネージャーの友梨子だ。
「あ、あのぉ、その子……」
「あっ、別に気にしないで、あまりにうるさいから、静かにしているだけだから」
「そうそう、それじゃあ、俺たちは合宿所に戻るから」
「あとはお願いします!」
「は、はい……」
「うぅぅ〜〜!」
いろいろと言い足そうなマネージャーを無理矢理連れだし、病室から野球部一行が去っていった。
彼らと入れ替わるように3人は病室に入っていった。
ガチャ
「どうだ?落ち着いたか?」
「落ち着くわけないだろ。あれだけ大騒ぎだったんだから。でも楓子ちゃんはぐっすりねむってるよ」
病室は2人部屋。純一郎と楓子がそれぞれのベッドにいる。純一郎はベッドから起きあがり、新しい見舞客である3人と話をしている。一方の楓子はぐっすりと眠っている。
「ところで、穂刈君。ノックにかなり集中してたみたいだけど、声とか聞こえた?」
「声?さあ?でも、なんでかしらないけどがんばらなきゃって気持ちがすごく沸いてきているのは感じたけど」
花桜梨の唐突な質問にも冷静に答えていることから、意識ははっきりと戻っているのだろう。
「ところで、楓子ちゃんはまだ寝たままなのか?」
「ああ、相当疲れてたんだろうな。ただ寝息は規則正しいから、直に起きるんじゃないか?」
「そうか……じゃあ、これを渡しておくな」
公二はポケットから手のひらサイズの物体を取り出し、ベッドにいる純一郎に持たせる。純一郎が視線を落としてその物体をみるとそれは野球のボールだった。
「公二、これは?」
「純が取ったボールだ」
「これをどうしろと?」
「純、ノックで取ったボールはノッカーに返すものだ」
「あっ……」
「そういうことで、起きたら渡しておけよ!」
「これで楓子ちゃんのハートをゲットだね!」
ぼかっ!
「あなた、いた〜い!」
「あのな、余計なことは言うな」
「だってぇ〜」
「だから言うな」
「あははは……」
公二と光の会話に純一郎も苦笑いするしかなかった。この会話で、面会時間が終わる時間になってしまったため、3人は病院から帰っていった。
そして、病室には二人っきりになった。
時刻も夕方になり、夕焼けが病室の窓から差し込んでくる。純一郎は楓子のベッドの側にある椅子に座って、楓子の寝顔を座って見つめていたのだが、その楓子から声が漏れてきた。
「……う〜ん……あれ?……純くん……」
「ようやく起きたかい?」
「あの……私……」
「はい、ボール」
純一郎は立ち上がり、目が覚めた楓子の手をつかみ、その手のひらの上に先程もらったボールを置く。楓子は最初なにかわからなかったが、頭がはっきりしていくうちに、そのボールがどういうボールであるかを理解しだす。
「これ……」
「これで終わりだね、ノック」
「……ありがとう……」
「俺はなにもしてないよ。やるべきことをやっただけだ」
「………」
楓子はなにも言わない。いや、目が涙で潤みに潤んでることから、言いたくても言えない状態なのだろう。楓子の両手はボールをしっかりと包むようにして持っている。
純一郎は椅子にまた座った。そして楓子の目をじっと見つめる。
「さて、楓子ちゃん……俺に言ってないことを教えてくれないかな?」
「えっ?」
「夏祭りに時に言えなかったこと……教えてくれるよね?」
「もしかして……」
「あんな状態の楓子ちゃんを見て、俺がなにもしてないと思うか?」
「………」
「いいよな?」
再びじっと見る純一郎。じっと見られた楓子の表情から堅さが少しずつ取れていく。そして最後は、仕方がないという表情に変わり話し始める。
「あのね、私……夏休みが終わったら……引っ越しちゃう……」
「どこに?」
「また、北海道……大門高校っていうところに編入することになって……」
「北海道か……」
「うん、それで北海道ってすごく遠いの……ここから、飛行機で行ったとしても、空港からまた遠くて……それで、引っ越しちゃったら、ここに来られるチャンスってほとんどなくて……それでね、それで……え〜と……だから……」
「俺は楓子ちゃんの事が好きだよ」
「えっ?……」
純一郎の唐突な告白に、楓子は固まってしまう。そんな楓子のことは無視して純一郎は話し続ける。
「そんなこと関係ないよ。別に直接合わなくたって、手段はあるわけだし……それに転校するから、っていうだけで、諦められるか?……俺は、明るくて、優しくて、ちょっとドジで、可愛い楓子ちゃんが好きなんだ」
「純くん……」
「楓子ちゃんが転校しようが、俺の気持ちは変わらない……」
「………」
「返事を聞かせてほしい」
「……ぐずっ……ぐずっ……」
純一郎はずっと楓子の目を見つめている、その楓子はもうぐしゃぐしゃに泣きじゃくった顔になっている。
「ありがとう……ぐずっ……本当にうれしい……こんなにうれしいの始めて……ぐずっ……ぐずっ……」
「じゃあ……」
「ごめんなさい……今、うれしくて頭がぐしゃぐしゃ……ぐずっ……だから、何言ってるか私もわからない……ぐずっ……だから、もうちょっと待って……ちゃんと返事するから……」
「じゃあ、待ってるよ。返事しないまま、行くなんてことはするなよ」
「しない!絶対にしない!ちゃんと返事するから待ってて!」
「そうか、よかった……」
「じゃあ……先払いするね」
そういうと楓子はベッドから起きあがった。そして、純一郎の方に身を乗り出す。純一郎はベッドからほんの少し離れているので、両手を純一郎の両肩に乗せる。そして、顔を純一郎の顔の右に持っていき……
チュッ!
「あ……」
純一郎が事態に気づき、顔を真っ赤にさせる間に、楓子も顔を真っ赤にしてベッドに潜り、シーツを頭からかぶってしまう。
純一郎も顔を真っ赤にしたまま、ふらふらと立ち上がり、自分のベッドに入ると同じく、シーツを頭からかぶってしまう。
結局2人とも、それ以降会話はなかった、恥ずかしくてできなかったのと、疲れがまだ残っており、そのまま寝ちゃったからだ。
そして、次の日に2人とも退院したのだが、2人とも部活で忙しくなってしまい、合宿中に合う時間がまったくなくなってしまった。
正式に2人が恋人になるのはもう少し先になりそうだ。
To be continued
後書き 兼 言い訳
ようやく一件落着ですね。
真相は、花桜梨が言った通りです。本当のところを言うと悪霊の存在は最初はなかったのですが、こうしないと辻褄が合わなくなることに気づいたのはつい最近、というのはナイショ。
さて、この問題はこれで一段落。次の段階へと進むということになります。
そして夏合宿の恒例行事で書いてないのがまだ二つ。
それが終わると次はいよいよ……ですね。