夏真っ盛り。
夏で一番のスポットといえば海。
子供から大人まで。友達同士から、恋人、夫婦、家族等々、あるゆる人たちが夏の涼を楽しむべく集まる。
海につきものの一つとしてあげられるのが海の家。夏限定で立ち上がる宿泊、もしくは休憩施設だ。リゾート化していない、普通の海水浴場では常設の施設がないため、人が集まるのは当然。
そのため忙しいのは当然であり、ここにバイトの活躍の場が与えられている。
そこに真帆も飛び込んできた。
舞佳の紹介で一週間、舞佳と一緒の泊まり込みでアルバイトをすることになった。一週間のしかも泊まり込みで長期のバイトは初めてなのでとても楽しみにしていたようだ。
「それでは舞佳さん!よろしくおねがいします!」
「うん、声が大きくてよろしい!」
太陽の恵み、光の恵
第34部 真帆の浜茶屋奮闘記編 その1
第227話〜浜茶屋娘〜
Written by B
はばたき市の端に位置するはばたき海水浴場。昔からある海水浴場だが、臨海地域の整備によりちょっとした有名スポットになっており、来る人も若い人が圧倒的。とはいえ、おしゃれな施設が多いはばたき市だが、ここに限っては昔ながらの海の家も多く、そこがまた魅力的である。
ちなみに2人の衣装だが、白のTシャツに、ももの付け根でカッティングされた青のショートジーンズ。そして、それらの下には2人ともビキニの水着を着ている。真帆が胸を下から包むいわゆるモンロータイプで色は黄色。舞佳は肩ひもがなく、背中で結ぶタイプのビキニで色は黒。Tシャツにショートジーンズに下は水着、という格好は舞佳が指定したもので、水着もビキニとわざわざ指定してきたのだ。
「ところで、何で水着なんですか?」
「簡単よ。上は汗でTシャツが透けるから。下はジーンズから見えちゃう可能性があるから」
「……じゃあ、そもそもなんでTシャツにショートジーンズなんですか?」
「Tシャツの透け具合と、ショートジーンズからみえる太股が、男にはたまらないのよん♪」
「……わかりました」
真帆としてはこれでも恥ずかしいのだが、前は働く海の家の名前でもある「えるに〜にょ」と書かれたライトグリーンのエプロンをしているので、それほど抵抗感がないようだ。
「じゃあ、1週間だね。大変だけど、やりがいはあるわよ。終わればきっと充実感があるわよ。困ったときはいつでも私に言って?トラブルはすぐに解決しないと他のお客さんに迷惑が掛かっちゃうからね」
「はい!」
そういうわけで、海の家「えるに〜にょ」でのバイトが始まった。
さすがに朝の8時半だが、もうお客はやってくる。朝食代わりなのか、これから運動するための腹ごしらえなのか、お客がもうくる。
「いらっしゃいませ!」
真帆の明るい笑顔が店内に響く。真帆の働いている海の家は、典型的な海の家でビーチから直接店内に入れるしくみになっている。もちろん水着でもOKであり、男女問わず、水着の客で店内は朝からそれなりにいる。
「ご注文はなんでしょうか?」
「やきそば二つ。できれば大盛りで」
「かしこまりました!大盛りも大丈夫です!」
ライフセーバーと思われる焼けた肌で筋肉質な男2人が注文する。ウエイトレスのバイトは慣れているのでこういう客対応は真帆にとってはお手の物だが、海の家では「夏らしく元気よく」ということが必要になる。もちろん真帆にとってはなんの問題もないことだが。
「おまちどうさま!大盛りの焼きそば二つで700円になります」
「1000円でおつりちょうだい」
「はい、300円のおつりです!」
エプロンの胸ポケットはおつりを入れるための小銭がたくさん入っている。整理はされていないが、整理する暇はないので仕方ない。ジャラジャラと100円玉を3つ探すとお客さんに渡す。
「ごゆっくりどうぞ!」
ずっと居座られても困るのだが、そこはお店側の気持ちとしての挨拶。お客としてはうれしいもので、真帆の目の前の男性2人もいい顔をして焼きそばに食らいつこうとしている。
朝10時過ぎ。
太陽が高くなり、朝から遊ぼうという若者が多くなる。当然ながら海の家への客も多くなる。
忙しくなってきた海の家に、泊まり込みでないバイトがやってくる。海が描かれたTシャツに青のジャージ姿の真帆とそれほど背が変わらない男がこの時間にやってきた。
「こんにちは!今日からお世話になります!」
「あっ、匠さん。いらっしゃい!」
「あっ、真帆ちゃん。いやぁ、もう人がたくさんなんだね。俺もがんばらないと」
「大丈夫。すぐに慣れるよ。私もそうだったもん」
そのバイトというのは匠のこと。合宿で真帆がアイスキャンデー売りをやっていたときに、匠がバイトを頼み込んだもの。期間は匠の都合で3日だけだが、繁忙期なのでそれでもありがたい、ということで採用になっている。泊まり込みのバイトは真帆と舞佳だけと決まっていたので、匠は毎日家から通うことになっている。
「でも、もっとここでやればいいのに。バイト代も結構だよ?」
「いや、他にバイトをたくさんしてるから都合がつかなくて。もう、毎日バイトだよ」
「そんなにしてるんだ。でもそんなにお金がいるの?」
「ま、まぁ、美帆ちゃんとのデートとか。そ、それにほら、友達への借金返さないといけないし……あははは」
「あははは……そうだったね」
お互い苦笑い。
こうして、匠のバイトも始まった。ちなみに、匠は客対応ではなく、裏で料理の手伝いやビールやジュースのケースを店の中や外へ運ぶ荷物運び。忙しいときはこういう事もお店の人がなかなかできないので、人がいれば助かるのである。もちろん普段は調理場での手伝いなので、暇なときはまるでない。むしろ客相手のほうが時間があったりする。
「いやぁ、暑いなぁ……でも、がんばらないと……」
そういうわけで、匠はお店の後ろで汗だくだくでビール箱を何箱も運んでいる。なにせ炎天下の外での仕事だから大変なのは間違いない。真帆が匠の様子を見に来た。
「匠さん。大丈夫?」
「大丈夫!もうこういう仕事は慣れたからね」
「日射病には気を付けないと」
「わかってる、だから、こうして手ぬぐいを頭にかぶせてるだろ?」
「そうか、でもなんかかっこ悪いなぁ」
「あははは、でもバイトに格好は関係ないよ。どれだけ仕事ができるかだよ」
「なるほどね」
安心した真帆はお店の中に戻る。そこで待っていた舞佳が尋ねてきた。
「ねえねえ、あの坂城くんって子……真帆ちゃんとどういう関係なの?お友達?それとも彼氏とか?」
「いや……姉さんの彼氏……」
「あっ、そうなんだ……いや、変なこと聞いちゃったね」
「いいえ、そんなことないですよ……」
「あっ、呼んでるわよ!すぐに行ってあげて!」
とはいえ真帆の表情は少し暗いまま。それに気づいている舞佳もすぐに話題を変えるところに注文が来たので真帆を行かせた。
(あちゃぁ……絶対聞いちゃいけなかった話みたいね……こりゃ夜にでも謝らないと……)
舞佳は気づかないように一人ため息をついた。
太陽が頂点に達し、暑さも追いかけるように頂点へと向かう正午あたり。暑さを避ける意味もあるが、お昼ごはんにする人たちが急増する。しかし、こういう場ではお腹いっぱいに食べる人はあまりおらず、海の家で出させるようなメニューですます人が多い。
そういうわけで、真帆達の海の家も大繁盛している。まさにかき入れ時で、店員全員が走るように動き回っている。
その中で真帆が男女3人組の相手をする。
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
「3人だけど」
「相席でよろしいですか?」
「別にかまわないけど……」
「え〜と……奥の席になるので案内します」
「あのぉ〜……」
「すみませ〜ん!ちょっと通してください!」
「真帆!いい加減に気づきなさいよ!」
「えっ?……あぁっ!ヒナ!」
「おおっ、ようやく気づいたか。遅いぞ」
「まったく……あたし達に気づかないなんて余裕なさ過ぎ!」
「先輩、全然気づいてませんれしたね」
お客だと思ってたら、真帆の友達の夕子と好雄と好雄の妹の優美の3人だった。3人ともお揃いのサングラスをしていたから、すぐにはわからないのは仕方ないが、声や顔つきなどから普通はわかりそうなものだが、それに気づいてないほど忙しかったようだ。
ちなみに、夕子はマリンブルーのシンプルなデザインのビキニで、好雄は夕子と同じ色のトランクス型で、優美はオレンジの花柄が綺麗なワンピースの水着。
真帆は3人を席に案内しながら話の続きをする。
「3人で来たの?」
「うん。優美は別にお兄ちゃんとお姉ちゃんの2人だけでラブラブで過ごせば?、と言ったんだけど、誘ってくれたので一緒にきてるんれす」
「こら!優美ちゃん!余計なことは言わないの!」
「そうだ!せっかく3人で親睦を深めようと……」
「必要ないじゃん!だってお姉ちゃん、夏休みになってからお兄ちゃんの部屋にほぼ毎晩泊まりに来てるし……」
「わぁ〜!いうなぁ!」
「……ヒナ?」
「いや、あのね、真帆。これはそのぉ〜、え〜と、だからぁ〜……」
「学校で黙っててあげるけど、その代わりたっぷり注文してくれるよね?お二人さん♪」
「わかった!わかったから!言うなよ!俺のイメージというものが崩れる!」
真帆は最初から言いふらすつもりはないのだが、せっかくの商売のチャンスなので使わせてもらうことにした。
そんな真帆の考えに気づかないぐらい動揺した夕子と好雄は素直に真帆の言い分を聞いてしまうことになった。注文したのは焼きそば3つ、うち大盛り2つに焼き鳥一つ。あとはオレンジジュースを3つ。ちなみに大盛りのやきそばの一つと焼き鳥は、こうなった原因である優美に押しつけられたのはいうまでもない。
お店も夕方過ぎになり、ようやく人も少なくなってきた。
家族連れも少なくなり、サーフィンを楽しむ人たちや、浜辺でゆっくりとすごすカップルなど、騒がしさはある程度収まり、静かな海に変化していく。
浜茶屋もお客が落ち着き、休みながらの接客になっていく。
「はい!ビール3つおまちどうさま!」
真帆も汗だくだくになりながらも、相変わらず元気に笑顔で接客している。レストランとは違い、半分野外で足もビーチサンダルなので動きづらいし、接客の人が真帆と舞佳の2人だけなのでとにかく動き回る。それでも動けているのは日々のバイトの成果なのだろう。
そんな真帆がふと店の外を見ると、舞佳が3人ほどの男性に囲まれている。
(ナンパだ!)
舞佳は女性としては背が高いほうだが、3人の男性はそれよりも背が高い。全員色黒で筋肉質、サーフボードを持っている。顔もそこそこいいほうかもしれない。
そんな男達が明らかに舞佳を誘っているようだ。真帆は耳を傾ける。
「ねぇねぇ、仕事はいつ終わるの?」
「仕事?5時には締めるけど?」
「終わったら一緒に遊ばない?」
「う〜ん、お姉さんそんな暇ないのよ、予定がいっぱいよん♪」
「えっ〜、そんなこと言わないでさぁ?」
「だめだめ、お姉さんはダーリンとラブラブだから」
「ほんとぉ〜?」
「そうよ。会わせてもいいわよ。でもあったら最後、そこの流木みたいにボロボロになるわよん♪」
「えっ?」
「うちのダーリン。元々そういうスジの人だから」
「………」
3人の男は顔を引きつらせながら、ゆっくりとその場から離れていった。
「………」
真帆も複雑な表情でその場から離れ、店の中に入っていた。
そして夜。
舞佳と真帆は一つの部屋で泊まることになっている。働いている浜茶屋と提携している民宿にタダで泊まっている。
昔ながらの民宿で、お風呂も3人が入れるぐらいの共同風呂といった大きさ、それでも食事はおいしく、近辺の民宿では一番の民宿だ。
舞佳と真帆は一緒にお風呂に入っている。
「はぁ……」
真帆は湯船の縁にあごを乗せ、体を洗っている舞佳をじっと眺めている。気分よく体を入念に洗っている舞佳に対して、真帆はどことなく暗い。舞佳がそれに気づく。
「何、真帆ちゃん?さっきからずっと私ばっかり見てて?」
「ううん。なんでもないです……」
「大丈夫よ。真帆ちゃん、私よりカップがひとつ大きいし、もっと自信もって……」
「そういうことじゃないんです」
「じゃあなに?」
「えっ?」
「お姉さんに相談して欲しいな?私ってそんなに頼りない?」
「そんなことないです!」
「じゃあ、教えて?真帆ちゃんが悩んでること」
「いいですか?実は……」
「ええっ!真帆ちゃん、ナンパされたことがないの!」
「はい……」
舞佳が驚いている。すでに体を洗い終え、真帆と一緒に湯船に入って話を聞いているところ。
「お世辞じゃなく、真帆ちゃん可愛い方だと思うよ?性格もいいと思うし……どうして?」
「わからないんです……別に自分が可愛いとか思ってないし、ナンパされたいとも思ったことはないんだけど……でも、なんか悔しいんです……」
「ちなみに、学校でデートに誘われたりとかはしてないの?」
「それも今までありません……男の友達はたくさんいるんですけど……誘われたことがないんです……」
「……恋愛対象に見てくれないと……そういうこと?」
「聞いたことはないのでわからないけど……」
「それで、お昼に真帆ちゃんのお姉さんの彼氏の話のときに……ごめんね」
「いいんです。ずっと見てきて、姉さんに彼氏ができたことは、私もとてもうれしいけど……」
「それ以上は言わなくてもいいわ……」
舞佳の声が明るい声から落ち着いた声に変わる。それにつれ、真帆も口を閉じる。
「大丈夫。真帆ちゃんの魅力は伝わってる。それに恋を感じる素敵な男性はきっとでてくるわよ」
「そうですか?」
「大丈夫。絶対に焦っちゃだめ、今までの自分を磨けばきっと現れる。私もそんな感じだったから」
「えっ?そうなんですか!」
「そうなのよ。せっかくだから話してあげるか……」
そこからは、舞佳が自分の恋愛話を話し始める、真帆はじっくりとそれを聞いていた。舞佳の話は真帆にとっては自分を励ますように聞こえてきた。
(明日もがんばろう……)
真帆の浜茶屋生活は始まったばかり。
To be continued
後書き 兼 言い訳
いよいよ海のお話、真帆ちゃんの浜茶屋をメインに書いていく予定です。
そういうわけで、最初は真帆ちゃんの奮闘ぶりを書いてみました。
それほど目立ったことはしてませんけどね。
次はあの親子が登場します。