第229話目次第231話
「いやっほぅ!いい浜辺だぁ!」

「ちょっと!大声出し過ぎ」


午前10時頃。
どこかの夫婦が寝ぼけ眼だけどお肌つやつやな状態で民宿から帰宅しようとしている頃、琴子と誠は海へとやってきた。
誠が熱心に誘い、琴子からようやくOKの返事を引き出しただけあって、誠はとても張り切っている。それを隣で琴子が苦笑い。


「誠、子供じゃあるまいし、もっとおとなしくしてなさいよ」

「夏の太陽と海は気持ちを高ぶらせるものなんだ。楽しみだなぁ」

「なにが楽しみなのよ」

「だって琴子の水着が見られるんだぜ!いやぁ楽しみだなぁ!」

「……馬鹿」


琴子は誠に平手打ち、しかし力は全くなくポーズに過ぎなかった。

太陽の恵み、光の恵

第34部 真帆の浜茶屋奮闘記編 その4

Written by B
「はぁ……」


無料更衣室の中で琴子が固まっている。手に持っているのは今から着る水着。夏休み前に光に無理矢理買わされた水着である。「琴子のナイスバディならこのぐらい着なきゃ!」という押しに負けてしまった琴子、他のものを買えば良かったのだが結局買うことはなかった。


「すごく恥ずかしいけど……光はもっと凄いの着てるはずだから……」


適当とは言え、光にあのセクシー水着を勧めたのは琴子である。文句を言える立場ではない、本人も自覚してる。しかし、ここで悩んでいても選択肢は一つしかない。


「もういいわよ。誠が喜んでくれれば……」


そう愚痴を言いながら琴子は着替え始めた。






「さぁて、準備完了!」


琴子が着替えている間に誠は準備を完了させた。1日レンタルのビーチパラソルを借り、見晴らしのいい場所をとると、家から持参したシートを敷き、パラソルをさし、琴子と自分の荷物を置く。


「はっやくこないかなぁ〜♪」


迷彩デザインのトランクス型の水着を着た誠は琴子が来るのをシートの上で寝転がりながら待っている。右にごろごろ、左にごろごろ。じっとしていられないようだ。
そうしていると琴子がようやくやってくる。


「おまたせ……」

「おおっ、おそいじゃ……」


誠は閉口する。呆れたわけではない。あまりに見事な琴子の水着姿に言葉が出てこなくなったのだ。
琴子は黒のビキニを着ていた。上については、背中は紐にはなっている、が前は普通の大きさで露出はそれほどでもないが、それにより琴子の大きな胸の谷間を強調するようになっている。下は横が腰骨の上を通るかといったぐらいのかなりのハイレグカットで、琴子の美脚を強調するようになっている。
いつもは強気の琴子が体をくねらせ、恥ずかしそうにもじもじしているのも誠に新鮮さを感じさせた。


「へ、変かしら……」

「い、いや……すごいよ……最高だよ!いやっほぉ!」

「だから、大声で叫ばないでよ!恥ずかしいから!」


誠も琴子の水着姿の束縛から解放され、いつもどおりに戻っている。






2人ともパラソルの下に入りシートの上に座る。琴子は座りながら荷物の中をなにやらごそごそしている。


「ところで誠」

「なんだ?」

「誠は私が焼けて欲しいと思う?それとも焼かないで欲しいと思う?」

「えっ?俺が?」

「そうよ。誠はどうして欲しいと思う?」

「う〜ん……こんがり日焼けした琴子を見てみたいと思うけど、やっぱり琴子は色白が似合ってると思うな」

「そうなの……わかった、じゃあ日焼け止めクリーム持ってきたから塗って?」

「ああ、塗ってって……ええっ!」

「いいじゃない」


誠が驚いた時には、琴子はうつぶせになって誠を見上げていた。その顔は真っ赤だった。


「わ、わかったよ……」


誠は近くに置いてある日焼け止めクリームの蓋を開け、琴子の真横に座る。誠の目の前には、琴子の色白で綺麗な背中が広がっている。


「じゃあ、塗るからな」


誠は手に付けたクリームを両手で合わせて少し広げた後、琴子の背中を肩のほうから塗り始める。


(うわぁ……すべすべするよ……女の肌ってこんなに触り心地がいいなんて……)


誠は琴子の背中の感触に浸りながらも、丁寧に背中を塗る。琴子は目をつぶり気持ちよさそうな顔をしているようだ。
誠の手はだんだん下に降りていく、順調だったが、水着の紐のところで止まってしまう。水着の紐の下も塗りたいのだが、紐が緩くないので、うまく塗れない。とたんに手の動きがぎこちなくなる。それに気づいた琴子の手が動く。


「………」

「お……おい!」


琴子は後ろ手で、水着の紐の結びをほどいてしまった。水着は背中から外れ、シートにぱさっと落ちる。琴子の背中は何も付けてない状態。


「き、気にしちゃだめ!早くして!」

「わ、わかった……」


さすがに誠も戸惑ったが、顔を真っ赤にする琴子に慌てて塗りを再開する。邪魔なものがないので、今度は塗りやすく、無事に背中を塗り終わった。






「こ、今度は足をやるからな」

「わ、わかったわ……」


お互いどもった口調、しかもすぐに会話がとぎれる。誠は琴子の足下に移動し、クリームを足に塗り始める。足首から丁寧に塗っていく。琴子はまたも気持ちよさそうに寝ている。


(琴子の肌って、すげぇ触りごごちがいい……なんかずっと触っていてぇ……いかんいかん。興奮しすぎだよ、俺)


誠は自制心を抑えながら、腿まで塗りおえたが、まだ腿の付け根が残っている。


「こ、琴子……これから、触るけど怒るなよ……」

「お、怒らないわよ!」


お互いに顔を真っ赤にしながら、誠は腿の付け根、と言うよりも琴子のおしりを塗り始めた。


(や、やべぇ……俺、琴子のお尻触ってるよ……やばいよ、凄い感触だよ……我慢だ、もう少しだ)


誠はなんとか冷静さを保ってクリームを塗りおえた。誠は開いたままのクリームの蓋を閉めながら琴子に終わりを告げようとした。


「ふぅ……琴子、これで全部終わった……!!!」


ここで、誠が硬直した。塗りの確認のため全身を見回そうとして、琴子を横から見ようとしたとき、うつぶせにより潰れている琴子の大きな胸をはっきりと目に焼き付けてしまったのだ。こっそりと琴子の裸を見た誠だが刺激が強すぎた。


「もう、だめ……」


バタッ!


琴子が横で気が付いたときには、誠は鼻血をだした状態で倒れていた。






「はぁ、情けねぇ……鼻血なんて……」

「ごめんなさい……まさか、そこまでなっちゃうなんて……」


琴子と誠はパラソルの下で並んで寝そべっている。あれから、大慌てで琴子が誠の鼻血を拭いて仰向けにさせた。おかげで鼻血は止まったが様子見でまだ誠は寝ている、琴子はその隣でやっぱり寝ている。
手が触れ合う程度の距離で、琴子は顔を横にして隣を見て、誠はタオルで鼻を押さえながら上を見上げている。


「俺、初めてだったんだからな。女の肌に触るの」

「えっ?そうだったの?」

「そうだよ。前にも言ったろ?俺は一人っ子だし、琴子がはじめての彼女だって。だからそういう経験はないの!」

「ごめんなさい……」

「あのなぁ……琴子の体は刺激的なんだから……」

「そう?」

「そうなの。ここだけの話だけど、クラスの男子で琴子のスタイルの良さは評判なんだぞ?水泳の時にも、時々琴子のスタイルの話になるんだよ。『水無月ってかなり着やせするんだ』ってな」

「……褒めてるなの?セクハラなの?」

「褒め話だな。その話のたびに羨ましがられてるよ、『文月はいいよなぁ。水無月が彼女で』だってさ」

「………」


琴子は誠にさらに近寄る。体を横に傾け、自分の右手を誠の胸に置いて、ゆっくりとさすっている。


「じゃあ、私も言うわよ。ここだけの話だけど、誠のこの体の良さも女の子で評判なのよ?水泳の授業のたびに言われるわ。『いい感じで筋肉質で素敵ね……』だって」

「琴子はそれ聞いてどう思ってるんだ?」

「そりゃ、彼を褒められてうれしいわよ。それにみんなから言われるのよ『琴子はいい彼氏捕まえたね♪』だって」

「………」


お互い顔を真っ赤にする。お互いに沈黙したまま、ゆっくりと時が流れる。






結局寝転がったまま、お昼になってしまった。お昼ご飯を食べに出かける。


「ねぇ、この格好変じゃない?」

「別に?とっても似合ってるぞ」

「そう?ならいいけど」


2人とも水着でお揃いのサングラスに麦わら帽という格好。サングラスと麦わら帽は誠が今日のために買ってきて、琴子に無理矢理付けさせたもの。ちなみにかなり似合っており、誰が見ても変ではない。
がっちりと手と手をつなぎ、海岸沿いを歩いている。


「ところで、知り合いがバイトしている海の家がここら辺にあるの。味もいいらしいし、そこでお昼にする?」

「ああいいよ。じゃあ、俺がおごるよ」

「ありがと」


こうして、向かった先は「海の家 えるに〜にょ」。外見はごく普通な海の家で、客の入りも多い。しかし、その店の名前に誠が戸惑っているようだ。


「すごいセンスの名前じゃないか?」

「あなたのセンスに比べればましよ」

「そうか?で、その知り合いって、あのお姉さんか?」

「違うわよ。その隣の可愛い女の子の方よ」

「へぇ。琴子って顔が広いんだなぁ……あれ?あそこで働いてるの坂城じゃないか?」

「あら本当。へぇ、真面目に働いてるのね」

「なぁ、こんなところで話してないで、入るぞ」

「そうね」


2人は手をつないだまま店に入り、見晴らしのいい場所の席に座る。すぐに琴子の知り合いであるところの真帆が注文をとりにやってくる。


「あら?水無月さん。デートなの?」

「ちょ、ちょっとデートって、その、あの、いや、え〜と……」

「なんだよ。そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろ?嫌か?」

「そんなわけないでしょ!ストレートに言われて恥ずかしいの!」

「そうだったんだ、ごめん。それよりもご注文は?」

「そうだな。じゃあ、やきそば2つに、焼き鳥が3本。それにウーロン茶を2つで」

「かしこまりました!」


注文を受けた真帆はさっそく店の奥に入っていく。


「琴子。今日はすぐに真っ赤になりすぎだ」

「だって……」






「ほーい。おまちどうさま〜」

「おお。坂城じゃないか」

「なんであんたが持ってくるのよ!」


しばらくして、注文の品がやってきた。しかし持ってきたのは匠。真帆が持ってくると思っていた2人は驚いた。匠はうれしそうな顔をしながら、注文の品をテーブルに並べる。


「いや、真帆ちゃんから、おまえ達がデートしてるって聞いたから冷やかしに来た」

「なによ!あんたこそ、美帆さんとはどうしてるのよ?」

「俺?美帆ちゃんは今日もまだ部活やってるみたい。デートはこれからだよ」

「じゃあ、今はデート代稼ぎか?」

「そういうこと。裏で調理の補助やってるんだけど、結構な額なんだよ。まっ、せっかくの夏だからね。美帆ちゃんを楽しませないと。それじゃあ、ごゆっくり〜♪」


匠はうれしそうに後ろ向きに手を振りながら戻ってしまった。


「………」

「琴子、冷やかしだけで、顔を真っ赤にするな」

「そうね、冷やかしだもんね……」

「いやぁ、うまそうだなぁ!ほら、食べるぞ!」

「言われなくたって食べるわよ!もう、誠はすぐに話題を変えるんだから」

「いいじゃないか。俺は昔からこうなんだからしょうがない」


2人は言い合いながらも目の前の焼きそばを食べ始める。評判どおりのおいしさで2人とも満足したようだ。






さて、午後の2人だが、相変わらずビーチパラソルの下で寝転がっている。お昼を食べ終わってから一度も外に出ていない。


「琴子、退屈じゃないか?」

「別に。前で色々起こってるのを眺めているだけでも退屈しないわ」

「海に出ようと思わないの?」

「だって、暑いじゃない」

「そりゃ、夏は暑いに決まってるだろ?」

「それもそうね」

「それに、こんな寝転がってばっかりで琴子は楽しいのか?」

「楽しいわよ。誠とこうしてのんびりしているだけでも楽しいのよ」

「そうだな。俺も琴子と一緒にのんびりしているのも悪くないと思ってる」


2人とも腕と腕がぴっちりとくっつく距離で横になっている。2人の手はがっちりと握られた状態で2人は寝そべっている。


「ところで誠。描いてる絵は完成したの?」

「いくつか仕上げたよ。また機会があったら見せるよ」

「合宿の時はデッサンだったけど、何絵にしたの?」

「いや、普通に水彩画にしたよ。油絵にするほどの題材じゃないからね」

「へぇ、油絵も描くの」

「そうだ。油絵で琴子を描きたいな。今は忙しいけど文化祭が終わった頃からいいかな?」

「えらく先の話をするのね……いいわよ」

「やったぁ!楽しみだな」

「それよりも、文化祭の絵を何とかしなさいよ」

「あっ、そうか」


こんなどうでもいい会話をずっとしている2人であった。






そして、夕方。
暑さも和らいぎ、日差しも和らいぎ、人も少なくなったところで、2人は海岸を歩いている。夕方なので麦わら帽やサングラスはしていない。手を堅く握り、体を寄せ合い、足に波を感じながら、ゆっくりと歩いている。


「琴子、海岸を歩くのもいいだろ?」

「そうね。それに夕焼けがとってもロマンティックね」

「ほう、琴子もそんな外来語を使うのか」

「なによ。じゃあ、どんな言葉を使うと思ってたのよ」

「風流とか、わびさびとか、納涼とか……」

「確かにそういうのが好きだけど、私だってそういう気分にもなるの!」


会話はこんな調子だが、2人の体は少しずつ近づいている。特に琴子が誠に寄り添うようになっていく。
大きい波が2人の足下を流れる。そこで琴子が足を取られる。


「キャッ!」

「おっ……大丈夫か?」


前のめりに倒れそうになる琴子の腕を誠が掴んで、引き寄せる。琴子の体は誠の腕の納まり、見上げると誠の瞳と目があう。


「あっ……」

「あっ……」


お互いの視線が絡み合い視線をそらすことができない。気が付けば、2人は正面から抱き合った状態になっている。2人の顔の距離は20センチぐらいしかない。


「琴子……」

「………」


誠の表情が真剣になる。それに返事をするかのように琴子の瞳が閉じられる。誠も瞳を閉じる。
そしてゆっくりと2人の顔が近づく。
誠の両手が琴子の背中に回る。琴子の両手も誠の首の後ろに回る。
体が密着した状態になる。

そして2人の唇が重なる。

ただ重ねるだけのキスだが、2人はとてもうっとりとした表情を浮かべている。
重ねた唇がすぐに離れる。2人はお互いの顔をじっと見つめ合う。そしてそのまま、お互いの肩に顔を乗せるようにさらに強く抱きしめあう。
そしてお互いの耳元で甘い口調でささやき合う。


「誠、ずっと待ってたんだから……」

「待たせたかな?でも、初めてのキスはいい雰囲気でしたかったから……」

「とても素敵だったわ……」


ここまでは順調にいい感じの2人。しかし、この2人はこのままで済むことは決してない。琴子が異変に気づいたからだ。


「ちょ、ちょっと……なんで、おっきくしてるのよ!」

「そ、そんなこと言ったって、琴子の体を水着で抱いてりゃ誰だってそうなるに決まってるだろ!」

「少しは抑えなさいよ!」

「必死に抑えてるけど無理!琴子が刺激的すぎなんだよ!」

「そ、そんなこと大声で言わないでよ!恥ずかしいじゃない!」

「琴子こそ、恥ずかしいこといいやがって!」


結局、甘い雰囲気はぶちこわれ。いつもの2人に戻ってしまった。しかし、確実に2人の距離は短くなったのは確かだ。その証拠に、いつもは離れて言い合っているのが、今は相変わらず抱き合ったまま言い合っているから。
To be continued
後書き 兼 言い訳
馬鹿ップルのラブラブ海デートでした。

最後までドタバタさせるつもりだったんだけど、いつの間にか最後が甘くなってしまった。
まあ、一瞬だけだからいいか。

次は久しぶりにあの娘の話でも。
目次へ
第229話へ戻る  < ページ先頭に戻る  > 第231話へ進む