第233話目次第235話
「あれ……あの人なんだろう?」


その真帆の視界に人影が入ってきた。


「うわぁ……すごい美人……」


背が高いその女性は白のワンピース姿でひとりたたずんでいた。綺麗なブロンドの髪を風になびかせ、美しい瞳はじっと海を眺めていた。その姿はどことなく寂しそうだった。
誰が見ても美人と言うはずの女性。真帆は初めてみる人のはずだが、なぜかそんな感じがまったくしない。
真帆はその女性に近づいてみる。


「あのぉ……」

「えっ?……!!!……し、白雪さん!」


真帆が声を掛けるとその女性は振り向いた。そして真帆の顔をみた瞬間、とても驚いた顔を見せた。そしてなぜか自分の名前を呼んだのだ。
これには真帆も驚いた。



「えっ!なんで私の名前を……」

「!!!」



女性の顔は真っ青になっていた。

太陽の恵み、光の恵

第34部 真帆の浜茶屋奮闘記編 その8

Written by B
「い、いや、あの、その、え〜と、だから、つまり、その、あの……」


真帆の指摘に女性はあたふたしはじめた、顔をきょろきょろさせ、手も身振り手振りしようとしているのか振り回しているだけで、さらに返事がまったく返事になっていない。
真帆は彼女の行動の意味がさっぱりわからない。


「どこかで会いましたっけ?」

「会ってない!会ってない!会ってない!」


右手をぶんぶんと振って否定する目の前の美女。というよりも、彼女の動きや慌てようから、どうも見た目よりも年下ではないかと思えてきた。


「そうですか?あれ?どっかで見たような……」

「見てない!見てない!見てない!」

(何この人?どうしてそんなに慌ててるんだろう……でもどっかで見たような……)


必死で否定する女性。真帆はその否定ぶりに逆に違和感を感じていた、そして彼女の顔をどっかでみたような気持ちが余計にしてきている。






そんな2人は真上の空の様子の変化に気づいたなかった。



ポツ……ポツ……



「あれ?雨だ……向こうは空が赤いのに……にわか雨かな?」


周りは少し暗くなり、雨が少しずつ降り出してきた。2人とも手のひらを上に向け、雨が振っているのを感じた。



ポツ、ポツ、ポツ、ポツ……



雨はすぐに強くなり、2人とも少し塗れてしまっている。


「うわぁ!強くなってきた!どこか雨宿りするところは……」


しかし、ここは海。雨宿りできるような場所はほとんどない。人も雨ということで立ち去っており、ほとんどいなくなっている。
雨は段々と強くなっている。


「しょうがない。店より宿が近いから、宿まで走るか……あっ、一緒に行きましょう!濡れますよ!」

「ちょ、ちょ……」


女性が返事をする前に、真帆は彼女の手を握って、宿まで走り出した。女性もそのまま引っ張られて走り出す。






「はぁ〜、びちょびちょだよ……」


あれから雨はさらに強くなり、雨が収まったのは2人が真帆の宿に着いてすこししてからのこと。おかげで真帆のTシャツも女性のワンピースもずぶぬれになってしまっている。
今は2人とも真帆の部屋にいる。舞佳は戻っていない、お店のほうにいるのだろうか。


「なんか、寒気がしちゃった。お風呂に入ろうかな。あっ、一緒にどうですか?」

「えっ?私?」


全身ずぶぬれで、すこし震えている女性は自分を指して驚いている。


「そうですよ。服を乾かさないといけないし、このままだと風邪引きますよ」

「い、いや、でも……」

「気にすることはないですよ。女同士なんですから」

「そうだけど……」

「そうですよ……あれ?」


真帆は女性の顔をじっとみつめていて気づいた。女性の髪は会ったときは風に流れていて気づかなかったが、今は濡れて背中に張り付いている状態。その状態の彼女の顔に非常に見覚えがあった。


「……い、じゅう、いん、くん?」

「!!!」


真帆の言葉に女性の顔が青くなり、その場に座り込んでしまった。真帆も思わず口にしたのだが、その反応に真帆も驚いてしまう。


「えっ……本当なの?」


女性は小さく頷いた。しかし、彼女はすぐに顔がさらに青くなってしまう。


「あっ!頷いちゃった!どうしよう、どうしよう、どうしよう……」


手を口にあて、視線が泳ぎ、顔がきょろきょろしだしたその女性。慌てたのは女性だけでなく真帆もそうだった。


(ええっ!伊集院くんなの?だってどう見ても女性だよ?胸もあるし、顔も明らかに女性だし、どういうこと?えっ?えっ?えっ?)


真帆もその場で立ったままで頭が混乱していた。そして思わず口にしてしまう。


「伊集院くん、性転換しちゃったんだ!ほら、モロッコとかでやってるとかなんとか……」

「えっ?」

「女性ぽいって思ってたけど、とうとう女になっちゃったんだ、そうだったんだ」

「だから……」

「お金持ちだから、やっぱりそのぐらいすぐにやっちゃうから、ほら、だから……」




「私は最初から女です!」




「えっ……」


部屋の空気が一瞬で固まった。


「あっ、ほら、あの、その、え〜と……◎※ДΛ≪$Ы¶↑◇≡ξ!」


女性とうとうパニックになってしまった。言葉が言葉でなくなり、動きがおかしく、今にも暴れそうな感じで、目が完全に白目をむいている。


「うわぁぁ!落ちついてぇ!」


真帆は落ち着かせるのに精一杯だった。






「落ち着いた?」

「はい……」


宿のお風呂。2人は湯船に入っている。
あれから真帆は彼女を少し落ち着かせると、急いで着替え等を用意して、彼女を強引に風呂場に連れて行き、無理矢理服を脱がせて湯船に押し込んだのだ。
パニックになっていた女性もようやく我に返ったようだ。


「伊集院くん……なんだね?」

「はい……伊集院レイです……」

「女……だったんだ……」

「はい……」


しばらく風呂場は沈黙する。風呂場は2人しかいない。3畳ぐらいある少し広いお風呂だが、2人で横に並んで入っている。レイの表情は暗く、視線も下を向いている。


「聞かないんですか?」

「なにを?」

「私が……男を装っているわけを」

「聞いちゃいけないんじゃないの?」

「でも、言わないと納得しないでしょ?」

「……いいの?」

「ええ、聞いてください……」

「………」


真帆は右にいるレイの横顔をじっと見つめている。横から見たレイの顔はとても綺麗だが、どことなく辛そうに見えた。


「伊集院家の女の跡取りは、成人になるまで男として暮らさなければいけないんです。昔からのしきたりで、今は高校卒業まで、ってことになっています」

「なんで?」

「御父様からもしきたりとしか教えてくれません。でも最近なんとなくわかってきました。大財閥の争いに男も女も関係ないんです。しかも、女であることは激しい競争や財閥全体の舵取りなど、重要なところでハンデになるってことだと思います」

「それって差別じゃないの?」

「違います。男性と女性の性格や行動、考え方の違いだと思います。もちろん女性だからこそのプラスもありますよ。でも、今の企業トップはまだまだ男性が多いです、男性の気持ちを知ることはマイナスでは決してありません」

「レイさん、すごく冷静なんだけど……嫌じゃないの?」

「嫌じゃありませんでした。逆に楽しかったかもしれない。自分は特別なんだってところがあったかもしれない。水泳できないとか、嫌なこともあったけどね……ふぅ……」


レイが大きなため息をつく。長い話をしたあとの大きな息継ぎではなく、明らかに憂いの入ったため息だった。もちろん真帆も気づいている。


「レイさん、嫌じゃないとか言っておいて、なんか辛そうだよ?何かあったの?」

「……聞いてくれますか?」

「いいよ」

「高校に入って、男として楽しく過ごしてきた、その生き方は間違いないと思ってきた……でも……だめでした……どう生きても、どう思っていても、やっぱり私は女だって気づいてしまったんです。それから毎日が辛くて……」

「なにかあったんですか?」

「………」


レイは黙ってしまう。それだけで真帆はその理由をすぐに察することができた。


「恋、しちゃったんだ……」

「はい……同性のはずの男の人にこんなに胸一杯で苦しくて夜も眠れなくなったのは初めてなんです……」

「ちなみに……誰?」

「……軽蔑しませんか?」

「えっ?恋に軽蔑もなにもないよ」

「そうですか……お願いだから黙っていただけますか?」

「当たり前じゃない」




「高見さん……なんです……」




「高見?え〜っと……えっ!もしかしてして高見公人?」

「はい……」


真帆の顔から冷や汗がでてきたのを感じた。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと!あ、あの人はまずいって!確かに、かっこいいし、頭がいいし、レイさんが惚れるのはとってもわかるよ!で、でも……」

「わかってます。藤崎さんですね。そんなのはわかってます。どうやっても藤崎さんにはかなわない。どうやっても2人の仲を裂くのは不可能だというのもわかってます……でも、どうしたらいいんですか?」

「えっ?」

「わかってるんです。でもこの気持ちをどうしたらいいんですか?わからないんです!誰にも聞けないし、色々調べてもわからない……どうしたらこの気持ちは収まるんですか?」

「そ、それは……」

(そ、そんなの、私に聞かれてもわからないわよ!……それにしても、辛そう)


レイは顔半分を湯につかって黙ってしまう。
真帆は心の中で頭を抱えていた。レイの気持ちは自分でもわかるつもりだ、レイにとっては初恋の辛さも伝わってきた。しかし、それを諦める方法と聞かれても、恋愛経験ゼロの真帆ではなにも答えることができない。それでも、なんとかしたいと思うのが真帆。必死にアドバイスを考える。


「整理がつくまでそのままでいたら?」

「えっ?」

「自分が納得するまで、好きでいたら?辛いかもしれないけど、時間が経てば落ち着くってことも聞いてるし。中途半端よりはマシだと思うよ」

「でも……」

「よかった協力するよ?なにって言われても困るけど……」

「いいんですか?もし何かあったら藤崎さんが……」

「大丈夫大丈夫。藤崎さんは基本的にはいい人だし。なにかあったら、私がなんとかするから心配いらないって!」

「じゃあ、お言葉に甘えちゃいますね」

「うんうん♪」

(はぁ〜、よかった。しかしレイさんって、本当に美人だなぁ……)


レイにようやく笑顔が戻った。それをみて真帆も安心したようで笑顔になる。
お互いに顔を見合わせる。自然と笑顔になる。直感で2人とも新しい友達を得たことを確信した。






しばらくゆっくりとお風呂につかる2人。話の間、偶然なのか誰も入ってくる人もいなかったので、思い切り足を延ばしてくつろいでいる。


「また、会えるかしら?」

「もちろん。連絡先は知ってるでしょ?そうそう、今日はここに泊まっていったら?」

「うれしいですけど、御父様や御母様が心配したら大騒ぎになるので、そのまま帰ります」

「そうか……残念。いろいろ話したかったのに」

「また、できますよ……それよりも、お願いがあるんだけどぉ……」

「何?」




「胸、揉ませて」




「え゛っ?」

「だってぇ〜、気になるでしょ?私、女の子の胸なんて触ったことないんだもん!触りたくても、男の格好では無理だし、自分の胸揉んでもわからないし。白雪さんの胸って、間近で見ると大きくて柔らかそうだから、どうしても触りたくなったの!お願い!」

「………」

(はぁ〜、なんか前途多難かも……)


いろんな経験をして、いろんな人に出会った1週間の泊まり込みバイト。その最後の最後で大きな出会いをした真帆。しかし、もしかしたら大きなやっかいごとを抱え込んでしまったかもしれないと、期待半分不安半分の真帆だった。

両手を会わせて拝むように頼むレイを前に、真帆はどう答えればいいか悩みながら、浜茶屋生活が終わろうとしていた。
To be continued
後書き 兼 言い訳
浜茶屋話はこれにておわりです。

登場したのは「レイちゃん」でした。
またこれはこれで騒動の種が増えたというものですね(汗

最後の場面からどうなったのかは、それぞれの妄想でお楽しみください(笑)

さて次部は花火大会!ではなく、その前に一つ挟みます。
3話の短い続き物です。
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