夏休みも後半にさしかかった、ある天気のいい日。
誠はきらめき市駅へふらふらと遊びに出かけていた。
しかし、特になにか目的もあるわけではなく、駅の周辺を探索していた。
「う〜ん、ひびきのよりこっちの方が繁盛してるなぁ……あれ?」
そこで誠は見知った顔を遠くで見た。見飽きてるほど見ているけど、見飽きることはまずないその顔。しかしどうも様子がおかしいように誠には見えた。
「あれ?琴子、何してるんだ……って、なんだあの男は?」
琴子は見知らぬ男と一緒にいた。
太陽の恵み、光の恵
第35部 琴子の元彼編 その1
第235話〜今彼苦悩〜
Written by B
琴子がいたのは駅前。しかし、駅の入り口から少し離れたところの壁におり、待ち合わせという感じではなさそう。偶然に出会ったという感じだろうか。
琴子の目の前にいる男はどうやら琴子と知り合いかもしれない、背が高くすらっとした体型。顔は誠からではよく見えないのが余計に気になる。
それよりも誠が変だと思ったのが琴子の表情だった。驚いているようにみえるが、どことなく怒っているような悲しいような複雑な表情をしていた。
「なんだ?あんな表情いままで見たことないぞ?」
琴子の様子を見ながら、駅の入り口まで気づかれないように早足で向かっていく。
その間ずっと同じ状態の琴子だったが、突然琴子の右手が動き出した。
パチン!
「どうして!……どうして今になって現れるのよ!」
いきなり平手打ちを放ち、そういうと琴子はその場から走りだした。走り出したのは誠の方向へ。琴子はうつむいたまま走っており前を見ていない。
ドカン!
「いたた……す、すみませ……はっ!」
そんな状態では人にぶつかるのは当たり前。どうやら琴子は前の人の胸に頭突きをしたような格好でぶつかったらしい。琴子はすぐに立ち上がる。そしてぶつかった人に驚く。
「いたたた……あのなぁ……前をみろよ……」
琴子がぶつかったのは誠だった。誠はぶつかった胸を両手で押さえながら痛がっている。しかし、それでも誠はゆっくりと立ち上がる。そして琴子の手を掴むと、駅と反対側に向かって歩き出す。
「ちょっと!どこに行くのよ!」
「どこかだ!」
誠は右手は琴子の手をがっちりと握りしめ、左手は依然自分の胸をさすりながら周りの視線を集めているのを無視して駅から離れていった。
「はぁ……痛かった……」
「ごめんなさい……」
「別にいいよ。俺も避けなかったから」
2人が入ったのはメインストリートから一つ脇道に入ったところにある小さな喫茶店。2人が使っているわけでもなく、ただ目に付いただけで適当に入った店だ。誠がコーヒーと紅茶を頼み、ようやく2人とも落ち着く。誠はまっすぐ琴子を見ようとしているが、琴子はずっとうつむいたままだ。
そして話はいきなり本題に入る。
「ところで琴子。いったいどうしたんだ?」
「えっ?」
「びっくりしたよ。駅前でいきなりビンタなんてするから」
「もしかして……みてた?」
「ああ、はっきり言うといつもの琴子じゃなかった。あんなに戸惑ってる琴子を見たのは初めてだ。いったいどうしたんだ?」
「………」
「なにかあったのか?俺でよければ話を聞くぜ」
「……怒らない?」
「なんで怒るんだよ?意味わかんねぇよ」
「あのね……あの人ね……」
琴子が少しずつ震えが大きくなる。何か得体の知れない物に怯えているようなそんな雰囲気にも見える。
誠も琴子のただならぬ様子にじっと息を潜める。
そして琴子は震える声でつぶやいた。
「前の彼なの……」
「………」
「ごめんなさい!」
琴子はそういうと突然立ち上がり、逃げるようにその場から走り去ってしまった。
琴子は泣いていた。
「………」
突然の琴子の行動に、誠は琴子を止めるという思考すら働く暇もなかった。
「いったい琴子の奴どうしたんだ?前の彼氏ぐらいであんなに動揺するなんてさ……」
いてもしょうがない喫茶店から出た誠はそのまま家に帰る気にもなれず、また駅前をぶらぶらとしていた。両手を頭の後ろに組み、歩きながら考える。
「まあな、琴子だもんな。昔、男がいたって不思議はないな。あれだけ美人だし、あれだけ頭いいし……」
琴子に昔、彼氏がいたこと自体は自分でも驚くぐらい冷静だった。誠が納得いかないのはそんなことではなかった。わからないのは琴子の行動のほうだ。
「でも、さっきあれだけすごいビンタ食らわしたけど……相当嫌いになったのか?う〜ん、でもそれだったら普通は泣かずに、怒ってるよな……琴子は何考えてるんだ?」
そうしているうちに、さっき琴子を見かけた場所に戻って来ていた。そこで誠はまた意外なものをみてしまった。
「あれ?……琴子、またさっきの男と一緒じゃないか!」
琴子はさっき平手打ちを食らわせた男と一緒だった。服が同じだったので間違いはないはずだ。
しかし、様子がさっきとはまた違っていた。今度の琴子はなんども頭を下げてぺこぺこしている。遠目から見ても謝っているようにしか見えない。
誠は琴子に気づかれないように後ろに回り、男の顔を見る。
「うわぁ……琴子好みの顔だ……」
背が高く、ほんの少し細めのスタイル、そして大人の男性の顔立ち。きりっとした細い顔で眼鏡はしてないが知的な雰囲気を十二分にかもし出している。
しかし、どう見ても琴子と近い年齢ではない、少し年上の大人のようだ。琴子があれだけ取り乱しているのになぜか冷静で落ち着いている。しかし、ちょっとだけ困っているようにも見える。
「いったい何の話してるんだ……聞きたいけど、あそこにでるわけにはなぁ……」
琴子もようやく落ち着いたようで、静かに男の話を聞いている。男も落ち着いたようでなにか話をしている。誠は壁に寄りかかりながら、耳と目は横の2人をじっと見つめている。
「ようやく落ち着いたけど……琴子はどういうつもりなんだ?」
琴子の背中から男の顔を見ているため、今度は琴子の表情がわからない。動きが止まっているため、怒っているのか泣いているのか、喜んでいるのか戸惑っているのか、それすらまったくわからない。誠は離れた場所からじっと2人の細かい動きに注意するしかない。
(あれ?また、琴子が走った!)
一瞬のことだった。
琴子が突然男の前から走り去ってしまったのだ。男も突然だったのか見送るだけで動けないでいる。それは誠も同じで、気が付いたら琴子がどこに行ったのか見失っていた。
男はため息を一つつくと、ゆっくりとその場から歩き去ってしまう。
そして残された誠は仕方ないので家に帰っていた。時刻は夕方になっていた。
「なんなんだ琴子は?まったく、またわからない行動をとりやがって……」
部屋のベッドに寝転がりながら先程の琴子の姿を思い浮かべていた。
「そもそも、前の彼に対してどう思ってるのかまったくわからん。ビンタしながら謝って、最後は勝手に行っちゃうし……う〜ん」
誠はベッドから起きあがり、部屋から出る。そして廊下に置いてある電話の前に立つ。
「いくらなんでも、今なら冷静になってるかな?」
誠の左手には手帳。あごと右肩で受話器を挟み、手帳を見ながら右手でボタンを押す。
「出てくれればいいけど……」
手帳を電話台に置き、受話器を右手に持ち替えると、じっと受話器に耳を傾ける。
「あっ、琴子?俺だ……あっ、切れた……」
どうやらすぐに切られてしまったようだ。誠はじっと受話器を眺めていたが、ゆっくりと電話機に受話器を置き、自分の部屋に戻る。
そしてまたベッドに横になる。
「だめだこりゃ。琴子の悪い癖が出てる……直接会わないと絶対に口聞いてくれないぞ……もういいや、今日の晩飯でも作るか……」
誠は今日はもうなにもできないと悟り、別のことに頭を移すことにした。
次の日の朝。
誠はまた電話台の前に立っていた。
「うむ、朝早く起きたら我ながら名案が思いついた。これなら話してくれるかも」
今度は受話器を電話台に置き、右手で受話器を持ちながら左手でボタンを押す。
「直接携帯に掛けるから切られちゃうんだよ。親を通じてならそんなことはできないだろう」
前は携帯に掛けていたのを今度は家の電話に掛けることにしたらしい。
電話はすぐにでた。
「もしもし、水無月さんですか?琴子さんのか、友達の文月と言いますが、琴子さんはいますか?……はい、お願いします」
「彼」と言いそうになったがすぐに言い直した。どうやら、すんなりと話を聞いてくれたらしい。
誠はほっと一息つくが、それもほんの一瞬だった。
「出てくれない?なんでですか?」
「誰にも会いたくない?う〜ん……すみません、昨日家から帰ってからの琴子ってどうでした?」
「すぐに部屋にこもって……ふんふん……悩んでるみたいだけど何も教えてくれない……ふんふん」
「わかりました。じゃあ、いつでもいいので電話するように言ってください……では失礼します……」
ガチャン!
誠は少々乱暴ぎみに受話器を置いた。
「はぁ……だめか……まあ親の言うことを素直に聞く性格じゃないからな……」
誠は目をつぶり、腕組みして考える。
「弱ったなぁ……誰かいい相談相手がいないかなぁ……あっ!そういえばあの人が……でも俺電話番号知らんな……う〜ん、知っている人は……おおっ!いたいた!え〜っと……」
誠は何か思いついたようだ。電話台に置いてある手帳を再び広げ、何か探しているようだ。探したいものはすぐに見つかったらしい。すぐに、電話を掛ける。
「もしもし……あっ会長さん?F組の文月だけど」
「えっ?どうして琴子の事だって……ま、まぁ、確かにそうですけど……」
「いやいや、そういうことじゃなくて、あの確か会長と同じ組で琴子と友達の……」
「そうそう!陽ノ下さん!俺、連絡したいんだけど、電話番号がわからなくて……」
「ふんふん……ふんふん……おおっ!助かった、ありがたい!」
「えっ?今から掛けるな?なんで?……えっ?テレビでアニメ祭り?1時間待て?……う〜ん、仕方ない、待つか」
「助かった!これでなんとかなりそうだ……じゃあ切るよ」
カチャン
誠は今度はゆっくりと受話器を置いた。
「これでなんとかなりそうだけど……1時間待ちか……しょうがない、宿題でもするか……」
今度こそ確実な相談相手が見つかったところで、安心した誠だった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
今回はちょっとシリアス気味になりそうです。
タイトルと琴子の行動からしてそんな感じだというのはわかるとは思いますが。
まあ、そんなに複雑にならずにあっさりと終わると思いますので、そんなに期待しないで待っていただければと、
3話で終わると前話で書いてますが、4話になるかもしれません(汗