「琴子、今からひびきの駅前に来い。いいな」
「………」
あれから3日後。誠が琴子に久々に携帯に電話すると普通にでた。そして、用件だけを伝えて有無を言わさずに切った。ずっと琴子は無言だった。
そして、ひびきの駅前で誠が不安ながらも待っていたら、水色の半袖ブラウスにクリーム色のパンツルックという姿で琴子がやってきた。
「おい!琴子、大丈夫か?」
「………」
琴子は心なしやつれていた。そして何かに怯えているように震えており、誠の顔を見ようとしなかった。
3日前に見た姿とは明らかに違っていた。
太陽の恵み、光の恵
第35部 琴子の元彼編 その3
第237話〜過去振切〜
Written by B
誠にはどう考えても琴子がこうなった理由は一つしか考えられなかった。
「前の彼の事か?」
「………」
「待て!逃げるな!」
琴子が黙って立ち去ろうとした。しかし誠が腕を掴んで話さなかった。それでも、その手を離して立ち去ろうとする琴子を誠は自分の手元に引き寄せ、頭を胸の中で抱えるようにして抱きしめる。
「あのな琴子。俺は琴子から何も聞いてないんだよ」
「………」
「俺じゃ聞けない話なのか?相談できない話なのか?」
「………」
琴子は黙ったままだ。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「なあ、何か言ってくれよ。俺も不安なんだ……おい、電話だぞ」
未だに何も言わない琴子の持っているバッグから携帯の音楽が流れてきた。琴子はバッグから携帯を取り出し画面をろくに見ずに耳にあてる。
「もしもし……!!!」
声を聞いたとたん。琴子の表情が一変した。誠からみた琴子は顔が青くなっていくようにみえた。そして琴子は誠の顔をちらちらと見ながら体が震えだし、手の震えが酷くなり、声もガタガタしはじめた。
「あっ、あの、その……」
電話の向こうの言葉もわかっていないほど戸惑っている琴子をみて、誠は電話の相手が誰だか確信した。そしてその相手になんとも言えない怒りが沸いてきた。
誠の手が自然と動いた。
「琴子、貸せ」
「あっ……ちょ……」
誠は琴子の手から携帯を奪い取り、自分の耳に当てた。
そして一気にまくし立てた。
「おい、おまえはどこまで琴子にまとわりつくんだ!今、琴子がどれだけ苦しんでるのかわからないのか?おまえのおかげで琴子はげっそりしてて今もガタガタ震えてるんだぞ!……はぁ?俺?俺は琴子の今の彼だよ!ああ、この際だから言っておくぞ!あんたや琴子がどう思ってるかしらんがなぁ。琴子は俺の女だ!返してくれと言われてもだめだ!こんな最高の女は誰にも絶対に渡さないからな!だからもうかけてくるな!」
ピッ!
「ふぅ……」
誠は携帯を切ってしまった。そして、一気にまくし立てたためか大きく息を吐く。
息を整え終えた誠は、まだ琴子の携帯を自分で持っていることに気づく。
「あっ、携帯返すぞ……えっ?」
「ううっ……ううっ……」
気が付けば琴子は自分の胸の中で鳴き始めていた。
「おい!いったいどうした……」
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
「琴子!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ああぁぁぁぁぁ……」
「おい、落ち着けよ。俺も悪かったから……」
とうとう琴子は絶叫して号泣してしまった。誠が慌ててなだめようにも琴子は収まらない。
「なあ、もう大丈夫だから……」
「ごめんなさい……」
琴子はなかなか泣きやまなかった。
「はぁ、ようやく収まったか……」
「ごめんなさい……」
2人は誠のアパートの誠の部屋にいる。
結局、誠はその場で琴子を泣きやますことができなかった。しかも、2人がいるのはひびきの駅前。慌ててどこかに入ろうとするものの、2人の周りをちょっとした人だかりができてしまっている状態になっており、どこに行こうとも注目を浴びてしまう状態であったため、やむなく自分のアパートまでなんとか琴子を連れてきたのだ。
琴子はずっと誠にしがみついて泣いており、誠の部屋に座わり、冷蔵庫に入れてあったペットボトルのお茶を一口飲んだところで、ようやく泣きやんだ。
「琴子、もう謝らなくてもいいからな」
「ありがとう……でも、言わせて欲しいの……」
誠の部屋は畳部屋の4畳半の押入つき。タンス、本棚、机とか最小限の家具しか置いていないが、絵に関する道具が綺麗に並べられているのが特徴的だ。
テーブルもないその部屋で2人は朝ひいたままの布団の上に向かいあって座っている。
「私……あの人に会えて嬉しかったの!ひどい振られ方されたのに!私にはあなたがいるのに!でも、自分の中で小躍りして喜んでる自分がいて……そんな自分が許せなくて……」
「……そのときを俺が見た、というわけだな」
「ええ。それで、その後で……あの人とまた会ったの。『ちゃんとけじめをつけたい』って言われて……」
「………」
「で、会ってこれまでのことを謝られたんだけど……それでも自分の中にまた会えて嬉しい自分がいて……」
「………」
「私、家に帰って絶望してしまったの……なんて酷い女なんだろうって、彼がいるのに昔の彼にときめいている私に……」
「………」
「そして今日、誠の熱い熱い言葉を聞いて……わたしの胸にぐさりときて……わたし……なんて馬鹿なんだろうって……ううっ……」
琴子が目頭を押さえてまた泣きだしそうになっていた。
「琴子、そんなに自分を責めるなよ」
誠は琴子に近づき、前からまた抱きしめる。琴子は突然抱かれたことに驚きながらも、頭は誠の胸に預けている。
「誰だって昔に未練があるんだよ。俺だってそんな女の子なんてたくさんいるよ。今あってもたぶんドキドキするかもしれないぞ?どうして別れたか知らないがすごく好きだったんだろ?」
琴子は黙って頷く。誠は小さい子供をあやすように背中を優しくたたく。
「琴子が俺に向いてさえくれれば、そんなことでときめいた事ぐらいでとやかくいわないよ。別に俺の好みの女は過去につきあった男がいなくて、心は俺しか向いていないなんて、そんなどうしようもない妄想はしねぇよ。くだらねぇ」
「………」
「だいたい、琴子の過去に干渉できる奴はだれもいねぇよ。琴子がそのときに一番いいと思って行動したことに文句を言う資格なんて誰もないよ」
「……許して、くれるの?」
「あのなぁ……今、ここに琴子がいる。それで俺は十分だよ」
「……ありがとう……」
琴子はいつの間にか泣きやみ、誠の胸に体を預けたままじっと静かにしている。誠もそれを見てじっとしている。
いつの間にか2人の会話がなくなっていた。
「……あら?」
琴子が気が付けばそのまま寝ていたようだ。ちらりと部屋の時計をみれば午後3時を過ぎていた。
「寝ちゃったのね……昨日もおとといも眠れなかったから……」
ふと見上げれば誠が自分を抱きしめたまま眠っている。
「もしかしたら、誠も寝れなかったのかも……悪いことしたわ……あら」
琴子の視線に気づいたのか、誠が目を覚ました。
「ふぁ〜……あっ、琴子、ごめん。寝ちまった……」
「ううん、私もさっきまで眠ってたから」
「疲れてないか?」
「大丈夫。それよりも今まで寝てて大丈夫だった?」
「ああ、俺は今日予定はないし、それに親父も留守だから」
「えっ?」
「親父、夏休み利用して京都へスケッチ旅行。ふらっと出かけたからいつ帰ってくるかわからないけど、少なくとも2、3日は帰ってこない……あっ」
「じゃあ……」
ここは誠と琴子の恋人が2人きり。誠の部屋の布団の上で抱き合っている。邪魔する人は誰も来ない。そしてその意味を2人とも気づいた。
2人はお互いに見つめ合ったまま無言。緊張が部屋を包んでいく。
「はぁ〜、もう俺も引き下がれないな……」
誠が一言ため息をつく。そして再び琴子を強く抱きしめる。
「琴子」
「何?」
「泊まってけ」
「えっ?」
「……いいな?」
「……いいわよ」
短い会話だが、2人の表情は真剣だった。
そして、2人はゆっくりと布団に倒れていった。
夕方5時過ぎ。
場所は変わって主人家の親子3人の部屋。
恵が昔話の絵本を読んでおり、公二がそれを後ろから一緒に見ている。光はと言うと携帯で長話。話している内容から相手は琴子と思われる。前にも琴子と長話しているが、前とまったく違うのは光に不安な表情がまったくない、むしろなにかニヤニヤしている。
「うん。話はわかった。電話が来ても適当にごまかしておくから、恵とお風呂に入ってるとか、もう寝てるとか」
「でもさぁ、いくら気持ちが高ぶってたからって、普通決めたらすぐ電話してあとは気兼ねなく…ってことじゃない?あと、1回した後ですぐに電話ってどうなの?しちゃったんなら、まだ夜にもなってないんだから、ゆっくりシャワー浴びてから電話してもいいのに、それすらまだしてないって大丈夫?」
「まあまあ落ち着いてよ。気持ちはすっごくわかるからさ。私も最初はシャワーなんて余裕なかったし……で、これからごゆっくりでしょ?……えっ?これから出かけて夜食?出前じゃなくて?……変なの。まあいいけど……」
「それよりも、休み中に本当に泊まりに来てよ。約束だよ!」
「じゃあ、お幸せに〜♪」
ピッ!
結局、終始ニヤニヤしたままで電話を切った光。公二が光に聞いてみる。光は公二の隣に座り込んでもまだニヤニヤしている。
「結局なんだったんだ?」
「あのね。今日、琴子がうちに泊まるってことになってるから」
「なってる?じゃあ、実際は?」
「うん、彼氏の家でセックス三昧」
「ストレートにいうな。つまり、その外泊をごまかすために光に電話したってことでいいのか?」
「そういうこと。どうやらうまく言ったみたい」
恵は絵本に集中しており、公二と光の会話にはまったく興味がないようだ。それをみて2人も恵を気にせず話を続ける。
「結局どういう問題だったんだ?」
「単純。琴子が去年振られた元彼に会って動揺しているってだけの話」
「それがなんでこじれたんだ?」
「2人とも気にしすぎなだけ。2人ともお互いにラブラブで他人なんか絶対に見えてないのにねぇ。ほら、2人ともいつも変なところで本音を言わないでしょ?お互いが一番好きってことをはっきり伝えれば不安になることはないのに」
公二は光がニコニコして話したのを聞いたあと、腕組みして少し考え込む。
「……それがはっきりしていて、それでも不安になるってことじゃないの?」
公二の言葉を聞き、光ははっとした表情を見せる。そして人差し指をあごに当て、上を向いて考え込む。
「……そうだったかもかもしれないね。う〜ん、私、言い過ぎちゃったのかなぁ?」
「それは俺もわからないな……そんな経験ないし」
「私もないよ。だって、ずっとあなたしか見てなかったから」
「まあ、とにかく解決したんだろ?それでいいんじゃないかなぁ?俺たちはそれ以上はなにもできないよ」
「そうだね。ようやく2人の関係も進んだみたいだから、雨降って地固まるかな?」
「だと思うよ」
余計なお節介な友人のアドバイスが実際に効果があったのかは、実際の当人達にしかわからないのだが、ひとまず友人の仲の進展に素直に喜ぶ公二と光だった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
ひとまず、一件落着といったところでしょうかねぇ?
まあ、某夫婦はお気楽な感じでしたが、こればっかりはこの2人ではわからない感情だったのかもしれません。
そういうわけで、次で今部はおしまい。
次話はもちろんアノ場所からスタートです。